有料老人ホームへの入所は、相続税の重税に直結する
相続税評価には小規模宅地の特例というものがある。被相続人が自宅(生活の本拠)として使用していた土地(240㎡が上限)に関しては、原則として評価額を8割減にしてくれるのだ。だから自宅の土地評価額が1億円であっても、2,000万円の評価にしかならない。この特例のおかげで相続税がかからなくなったり、課されても税額が数千万円減ったりする。威力抜群の規定なのだ。
とはいえ今日では、数年間という長期の病院への入院を経て亡くなる人も少なくない。この場合には生活の本拠は病院へ移ったといえよう。したがって本来であれば、先の「8割減」の適用はなくなることとなる。
しかし入院は(結果として長期間になるとしても)、通常は一時的なものであるはずであるとして、医療行為のための入院である限りは「8割減OK」と取り扱われている。
ところが近年は、介護という問題が生じてきている。そして自宅での介護が困難な人は、行政の手により運営されている特別養護老人ホーム(特養)に入所することとなる。しかし特養に入所すれば、その人の「生活の本拠」はそこに移ってしまう。つまり「自宅の8割減」が受けられなくなることにより、相続税がドカッとかかってきかねない。
しかし特養の目的や理由等を勘案すると、入所者は病気治療のために入院した場合と同様の状況にあるとも考えられる。したがって国税当局は実情に即した考え方に基づき、特養の入所者についても「自宅の8割減」を適用させるべく各税務署に指示を出している。ただし当然ながら、病院や特養への入所等であっても、本来の自宅は、いつ帰ってもそこで生活できるような状況を維持していることが要件となっている。
ところで最近は、低廉な費用で入所できるこの特養は満杯で、何ヶ月・何年待ちという状況が続いている。したがって今日ではほとんどの人が、特養をあきらめ介護型有料老人ホームに入所している。とはいえこうした有料老人ホームは、介護保険から多額な収入を受けることにより、その入居一時金や月額費用はリーズナブルな水準に抑えている。要するに有料老人ホームは特養の延長線といった存在なのである。
ところが国税当局は、有料老人ホームの入居者には小規模宅地の特定を適用しないという。理由は「入居者は終身利用権を取得した上で施設に入居している。であれば生活の本拠は、自宅からそこに移ったと解される」というものだ。確かに有料老人ホームの入居契約書には、入居者の安心のために終身利用権を付与しているものがほとんどである。
しかし特例の適用を認めている特養も、入居者は実質的に終身利用権を得ているといってよい。繰り返すが、介護型有料老人ホームは特養の延長線上の存在なのだ。したがって特養に認められる特例が有料老人ホームには認められないというのは、全く解せない。
介護地獄に苦しむ者が、やむを得ず介護施設へ入居するに際して、運良く特養に入ることができれば小規模宅地の特例を受けることができる。しかしほとんどの場合は、特養が満杯のためやむを得ず有料老人ホームに入所することになる。そしてその場合にはこの特例を受けることができず、場合により数千万円の相続税を余分に課されてしまう。
これは絵に描いたような不合理な税制である。一体この両者を区分することの合理性・公平性を、当局はどのように説明することができるというのであろうか。
おそらく有料老人ホームに関して当局は、「超高額な入居一時金やデラックスな施設を前提に、限られた極一部の資産家が悠々自適の生活をおくるためのもの」、というかなり昔のイメージを抱いているのであろう。
しかし公的な介護保険料が投じられていることからも明らかなように、今日の介護型有料老人ホームはそのような存在ではない。国税当局には現実をしっかり見据えて、この特例の合理的な運用を行うことを要請したい。
いずれにしても、相続税が課される可能性のある人は、「有料老人ホームの入居は重税に直結する」という認識を持たなければならない。とはいっても、「重税を避けるために介護地獄を続けざるをえない」というのは無茶苦茶な話である。この点を考えるだけでも、当局の運用の理不尽さが浮き彫りとなるというものである。
なお当事務所では、この不合理さに関して当局に対して争いを起こしている。現在は、当方による異議申立が棄却されたことを受け、国税不服審判所に対して審査請求を行っている段階である。
ただし税務署側は分が悪いと考えたのか、この争いに関して極めて不当な対応をとっている。そして国税不服審判所もその対応を容認するという動きを示している。
そしてこの争いに関しては、当ブログの「裁判を斬る」の項における、「有料老人ホーム審査請求への審判所等の不当な対応」でその状況をお伝えしている。是非そちらもご覧いただきたい。