はじめに
このブログの内容は、小規模宅地の特例の運用についての審査請求における、国税不服審判所や原処分庁の不当な対応ぶりへの批判です。つまり審査請求の内容・争点自体を直接論じたものではありません。
しかしそれら自体にも興味深いものがあり、また本稿をご理解いただくにもそれらを把握していただく必要があります。したがってそれらについても簡単にご説明いたします。とはいえその説明だけではお分かりにくいかと思います。
実はこの問題は、「相続を斬る」の項における、「有料老人ホームへの入所は、相続税の重税に直結する」で述べた内容についてのものです。したがってその詳細や背景事情に関しては、そちらをご覧いただきたくお願いいたします。
問題の核心
最初に問題の核心を、たとえ話的に説明しておきたい。
ある行為を禁止する原則規定があるとする。ただし一定の条件の下に、それが許されるとする例外規定がある。甲氏が例外規定に該当すると考えてその行為を行ったところ、役所から「それは例外規定に該当しない」として、甲氏を処分した。
これに納得しない甲氏は、「例外規定に該当する」として審査機関に訴えた。ところがその役所は、例外規定の存在に一切触れないまま、原則規定による禁止を理由に処分の正当性を主張する。甲氏はこの不当な対応を批判するが、役所はそれを無視する。
そして役所を肩入れする審査機関は、やはり原則規定でその行為が禁止されているという点のみを理由として、最終的に「処分は正当」という裁決を下してしまった。
むろんこれは仮の話である。もしこのようなことが現実に行われるとすれば、法治国家が吹き飛んでしまう。しかしこの件では、まさにこのようなことが行われつつある。
事案の説明
相続税では小規模宅地の特例というものがある。被相続人が自宅(生活の本拠)として使用している土地(240㎡が上限)に関しては、原則として評価額を8割減にしてくれるのだ。これは相続税額を減額するに際しての威力抜群の規定となっている。
とはいえ実際には、自宅に居住を続けた上で相続を迎える人は極めて限られている。まずは病院での長期の入院を経た上での場合。また入所した介護施設で亡くなる場合も多い。そしてその介護施設には、公的機関としての特別養護老人ホーム(特養)がある。
さらに今日では特養は既に満杯であり、ほとんどの人は介護型有料老人ホームに入所することになる。この介護型有料老人ホームにも、介護保険料が投じられておりリーズナブルな対価で入所が可能となっている。
ところがこうした入院や入所を行うと、生活の本拠はそれらの施設に移ることとなり、本来であれば小規模宅地の特例を受けることができなくなる。しかし病院への入院であれば、基本的には一時的なものであると考えられるため、(長期間のものを含め)適用可能という法解釈が行われていた。そしてこれらが、先の「問題の核心」で述べたところの「原則規定」に該当する。
ところで国税当局は、介護施設に関しても実情に即した考えを採用する。つまり国税庁は特定の書面で、特養への入所であれば特例を適用せよ各税務署に指示しているのだ。そしてこの「特養ならOK」が、先の「問題の核心」で述べた「例外規定」となる。
しかし国税庁は、有料老人ホームに関しては介護型のものであっても、終身利用権が付与されていることを主な理由として、特例の適用を排除しようとしている。
とはいえ介護型有料老人ホームは、特養の延長線上の存在である。この両者を区分すべき合理的な理由は見いだせない。第一ほとんどの人は、特養の入所を希望したもののそれが叶えられなかったからやむを得ず有料老人ホームに入っているに過ぎない。にもかかわらず、一方のみが大特例を受けることができて、他方がダメというのは常識的にも理解できない。
そこで当事務所が最近、介護型有料老人ホームの入所者の相続につき、特例の適用を否認された事案につき異議申立を行った。そしてそれが棄却されたことにより、現在国税不服審判所に対して審査請求をしているわけである。
原処分庁の対応
いうまでもなく当方の主張は、「例外規定として特養に特例を認めている以上は、それと実質的に同じ存在である介護型有料老人ホームに特例を適用しないのは不合理・不当」である。しかしこの異議申立に対する審査庁としての練馬東税務署が下した決定は、「老人ホームに入所により生活の本拠はそこに移った(つまり自宅は生活の本拠ではない)」である。要するにこれは原則規定のみの話に過ぎない。
しかしこちらとて原則規定の内容は十分承知している。それをいうのであれば特養もダメなはずである。そこで同じく争点を「なぜ特養がOKで有料老人ホームがダメなのか」とすることにより、国税不服審判所に審査請求を行った。
しかしこれに対する原処分庁(練馬東税務署)の答弁書は、意義決定書と全く同じもの。つまりこの例外規定に全く触れようとしないのである。おそらく彼らは「まともに例外規定を争ったのでは勝てない」と考えているのであろう。これではどうにもならない。
審判所の対応
このような場合であれば本来、中立の立場であるはずの審判所が原処分庁に対して、「争点となっている例外規定をどう考えるのかについて主張・反論せよ」という指示を出さなければならない。その点は、争点主義を標榜する国税通則法にも明記されている。
仮に原処分庁がその指示に従わないのであれば、審判所は当然に原処分庁の主張を否定する裁決を行うこととなる。だから原処分庁といえども、本来であれば審判所の指示に従うはずなのである。
そこで当方は、国税通則法の規定を明示した上で、審判所に対して「争点に関して原処分庁に反論させよ」と強く要請する。しかし審判所はそうした対応をとる様子は見られない。
となれば原処分庁も、「なぜ特養がOKで有料老人ホームがダメなのか」について一切触れようとしない。要するに練馬東税務署(処分庁)は、「何もしなくとも、審判所は必ず我々を勝たせてくれる」と信じているのである。
さらには以心伝心で、「下手に反論すると、相手から完全に論破されかねない。そうなると審判所が税務署を勝たせる裁決書が書きづらくなる」と考えているらしい。うるわしいまでの双方の思いやりと信頼関係である。
さて本日現在(11月2日)、まだ原処分庁からの反論書が届いていないが、そろそろこれが届く頃である。おそらくそれも、争点を論じることのない無意味というべき書面であろう。となれば当方は、審判所に対して国税通則法の規定を基として、精一杯の揺さぶりをかけるつもりである。
なお今後の展開は、追ってこの欄で報告させていただく所存である。