裁判員制度施行後1周年を期とする、制度擁護・推進論の番外編(四回目)です。
前回は、「Cの主張」としての「法律判断は一般の人には無理で、われわれ専門家に任せるべき。素人の口出しも不愉快」といった法曹界の本音と思われるものを批判しました。
今回は、刑事訴訟の真の改革を目指す極めて少数の弁護士等による「Bの主張」、すなわち「この制度は、公判前手続きをはじめ無実の人の弁護を困難にさせ、また市民を冤罪に巻き込むことにもなる。またこれには不当な規定も多い」という主張を題材とします。

日々不当な冤罪事件等に立ち向かっている人たちは、「これでは被告の防御権が大きく損なわれてしまう」とこの制度を次のように批判します(「Bの主張」)。
「裁判員の負担を考えることにより、裁判審理は3~5日程度といった拙速となってしまう。何より公判前整理手続後に行われる公判では、審理迅速化のため新たな証拠調べを請求することができない」。
被告人が無罪であれば自白内容と物的証拠等に矛盾があるはずです。従来は、公判の流れの中から新たな証拠を探し出し、それを根拠に検察の矛盾を追及していました。しかし新制度ではそれはできません。

さらに批判は続きます。「新制度の導入には、誤判・冤罪の温床とされていた代用監獄の廃止、取調過程すべての可視化、すべての証拠の開示等が前提となるはず。しかしこれらは放置されたまま。
この他にも、過重な守秘義務、裁判員への死刑選択の強要、裁判員が強いられる大きな負担、さらにはこれらに基づく裁判員制度への世論の強い反発等あまりに問題が多い。よってこの制度は廃止すべき」というわけです。

確かに私(刑事訴訟には全くの素人)が考えても、公判前整理手続による制限は防御権を損なうことになるように思います。これは明らかに裁判員制度のデメリットといえましょう。しかしそれ以外の点には納得がいきません。
まず代用監獄、密室での自白強要、恣意的な証拠の開示等は、法律業界が今まで放置してきた刑事訴訟の暗部に過ぎません。むろん新制度にはこれを悪化させる要素はありません。それどころか、裁判員という外部の目を意識することにより、捜査当局はこれらの改善を迫られているといってよいでしょう。またその他の点(一部後述)は、本質的な問題ではないように思われます。

さて今日の裁判につき、100点を満点とする採点(60点が合格ライン)を行いましょう。本来あるべき裁判であれば80点は取れるはずです。しかし現状「有罪率99.9%」に象徴される八百長裁判では、10点見当といった論外の水準といわざるを得ません。
一方、法律に素人である裁判員裁判は50点といったところでしょう。確かに先のご批判をも考えれば、合格点には届かないように思います。しかし法律は一般常識を文章化したようなものです。したがって一般常識を心得てさえいれば、ほぼ合格点に近い採点を得られるわけです。

以上のとおり現状の10点といった惨状に比べれば、50点の方がはるかに優れています。
何より裁判にこうした外部の目が入れば、従来の八百長同然ともいうべき裁判は維持できません。前述のとおり捜査当局も対応を大きく変えることとなります。事実この裁判員制度導入で、いろいろの面(とりわけ最高裁判決)でいい方向への変化が出てきています。現に昨日の新聞(5月25日)も、裁判員制度の導入により刑事事件の保釈率が大きく改善したことを報じています。
これが裁判員制度導入の最大のメリットです。私はこの制度は、裁判そのもの(さらにはこの国)を大変革させる起爆剤になると確信しています。

しかし前回も述べたように、プライドの高い法律業界の専門家からみれば、裁判員制度は「不愉快な存在」であろうと思います。したがって現時点では立場上これを推進している最高裁・法務省・弁護士会等も、いつ豹変して廃止に持ち込もうとするか分かりません。
さらに各行政庁は、この制度の対象が行政訴訟にまで拡大することを恐れているはずです。20件以上の行政訴訟を争ってきた私に言わせれば、今日の裁判所はまさしく「行政を守るための存在」です。その一方、行政訴訟こそ裁判員裁判に最適な制度です。ですから行政側にしてみれば、頼りの裁判所に公平な裁判をやられようものなら大変なことになってしまうわけです。

こうした背景から裁判員法(実質的な作成者は法務省)には、あえて不当と思われるような(中には嫌がらせ的な)規定が挿入されています。その最たるものは、刑事罰を含む異様に厳しい裁判員への守秘義務です。
また思想調査にも思われる裁判所による「不公平な裁判をする恐れのある人」の排除規定も問題といえましょう。さらには裁判官と対等に渡り合えそうな職種の人(弁護士、司法書士、大学教授等)は当初から除外しています。審理過程で裁判官が議論を誘導していこうという姿勢の表れでしょう。

こうした意図的とも思われる点を含め、裁判員制度には少なからぬ問題点があります。しかし欠点のない制度はこの世には存在しないでしょう。したがって基本的には、メリットとデメリットのどちらが大きいかで考えるべきです。そして以上述べてきたとおり、圧倒的にメリットの方が大きいのです。

刑事司法を中心として、あるべき世の中を真剣に追い求めてきた人の少なからぬ方は、「裁判員制度は廃止すべき」と主張されているようです。しかし総合的な観点からみれば、そうした主張は明らかに誤りであると思います。
したがって守秘義務等の制度の欠点を改善しつつ、裁判員制度は将来的に維持・発展させていくべきものと考えるしだいです。
以 上