京都大学の入試で、ネットの「ヤフー知恵袋」を使うという不正を行った受験生が、あれよあれよで逮捕されてしまった。
早さの理由は簡単。警察の情報提供の要請に、ヤフージャパンやNTTドコモといった通信事業者が易々と応じたからだ。
まずヤフージャパンは、訪れた捜査員にその場で「ヤフー知恵袋」の投稿に使われた携帯電話のIPアドレスや識別番号の情報を提供。これで発信元がNTTドコモの携帯電話と判明する。今度は同社にこの識別番号をもつ契約者情報(送受信履歴を含む)を警察が問い合わせ、同社からすべての回答を得たわけである。
京都府警幹部はいう。「ネットは匿名性が高いというのは誤解。むしろ通信記録など、身元を特定する材料がしっかり残っている」。
しかし世の中には「通信の秘密」という崇高な理念がある。そして通信事業者は、これを遵守すべき使命を負っている。
したがって相手が警察であれ何であれ、事業者は、通信記録や発信者の資料など安易に外部の者に見せていいはずはない。彼らが守るべき使命を放棄するからこそ、「ネットは匿名性が高いというのは誤解」などと言われてしまうのである。
中東では今、誰も予想しなかったような民主化のうねりが起きている。この震源はネット及びその匿名性にある。
一方、中国でも民主化の芽があちこちで吹いている。しかし今のところすべてが封殺されている。その理由としては、ネットに匿名性が全くといっていいほどない点が大きい。
今度はわが国のことを考える。仮に政府に許し難い暴挙があり、これに抗議すべく、誰かがネットで大デモを呼びかけたとしよう。
ところがこれを「お上に逆らう不届者」とばかりに、警察が通信事業者から情報提供を受け、たちどころにこの情報源を逮捕する(逮捕容疑など何とでもいえる)。こうしたことが一度でも起きれば、もう恐ろしくて、誰もデモを呼びかけることができなくなる。まさにあの中国と同じである。
こうした例を引くまでもなく、通信の秘密は死守しなければならない。にもかかわらず警察の要請であれば、通信事業者はホイホイこれに応じる。
先日の尖閣列島ビデオのユウチューブ公開でも、不当な情報提供により、実行者が特定されてしまった。この行為は違法ではなかったにもかかわらず、彼は退職に追い込まれている。
とはいえ電波法だか何だかで、通信事業者が役所に抑えられている面があるのも事実だ。だから「おいそれと警察といった役所に逆らえない」というのは分からなくもない。
であれば、通信事業者の連合体が「情報提供の可否の判断を仰ぐ委員会」といったものを設立したらどうか。むろんこの「委員会」のメンバーは、役所や御用学者らとは無関係の、「通信の秘密の何たるか」を真剣に考えている選りすぐりの人とする。
そして各通信事業者は、この「委員会」の判断を防波堤にする。たとえば妙な情報提供依頼に対しては、「この件は委員会がダメと言っているので、私どもも提供できないんですよ」、といった具合だ。
確かに世の中には、通信の秘密なんて言っていられないケースもあろう。例えば、「明日の正午に東京駅を爆破する」などという、ネット利用の愉快犯である。このような場合は、直ちに情報提供という結論となろう。
ではこの京大等の入試不正の件はどうだろう。
実はこれは、単に大学側がカンニング防止策を怠けていただけの話。むろんカンニング自体はいいわけがない。しかし発覚した不正は大学側が調査すればいい。発見できなければ、それはそれでいたしかたなかろう。
にもかかわらずこれを警察の手を借りて、ましてや通信の秘密を犯してまで、犯人を追いかける必要など全くないのである。
さて今回の事件に関して、「通信の秘密」を踏まえた上で情報提供に応じるべきかどうかを、通信事業者が真剣に考慮した形跡は全くみえない。「警察からの要請」を錦の御旗に、ノーテンキに流しただけのようだ。情けない限りである。
もう多くは書かない。通信事業は、この事件を糧として、今後とるべき体制や対応に関して十分お考えいただきたい。
ところで、この事件は実に多くの問題を内包しており、1回では書ききれなかった。そこで№2として、「京大入試不正事件が示す、大学人の恐るべきレベルの低下」といったタイトルで、残りの問題を追及していくこととする。