最近、卑劣なスラップ(恫喝・口封じ)訴訟なるものが増えつつあるという。スラップ訴訟を一言でいえば、役所といった強い者が、それを批判する市民等への嫌がらせや黙らせることを目的として告訴すること、といってよいだろう。
新聞には、次のような事例を報じられている。
震災がれき搬入の反対行動をした普通の主婦らが、富山市から告訴された。抗議のために焼却灰を積んだトラックの道をふさいだことがその理由だ。しかし彼らは警官の警告で平穏に退去しており、ほとんど実害は生じていない。運動つぶしの嫌がらせの訴訟なのである。
スラップ訴訟は、ジャーナリストの烏賀陽弘道氏が、自身の受けた被害に基づき主導的に研究している。本稿も同氏の主張をベースとしている。
烏賀陽氏の受けた被害とはこうだ。音楽関係のオリコン社に対してやや批判的な記事を書いたところ、同社社長の恨みを買うこととなり、名誉毀損で告訴されたのだ。この社長はその際、「烏賀陽が謝れば提訴を取り下げる」とさえ明言している。
「よもや裁判所はこんな嫌がらせの裁判は却下するはず」と思っていたが、裁判所はこれを受理する。「誰しも裁判を起こす権利は保障されている」という理屈なのだ。
同氏はこれがために金銭、時間、労力の消費はもちろん精神的にも大きな負担となった。むろん訴訟の狙いはこの点にある。2年半後にやっと高裁であるべき決着をえたが、既にオリコン側は訴訟の目的を十分に達成したはずである。
烏賀陽氏によれば、最近いろいろなスラップ訴訟が起こされているという。その典型は、次の山口県上関町の原発反対運動に対するものであろう。
反対運動はもう30年近く続いている。最近この運動のリーダーらに対して、中国電力が「妨害行為等もあり工事が遅れ損害が発生した」として4,800万の損害賠償請求訴訟を起こしたのだ。
この訴訟により、住民側に多くの裁判コストがのしかかる。精神的な負担も大きい。何より裁判の争点は原発の是非ではない。妨害行為があったのか等、実に些末な問題に矮小化されてしまう。
住民は言う。「高額の請求はしんどいし、早く終わらせたい」。そこが狙いの中国電力は、裁判を意図的に長引かせているという。
また、訴えられたというだけで、いかにも反対運動そのものが不当であるかのようにみられる。
ましてやこの裁判に負けようものなら、原発建設自体が正当化されたような印象を与えてしまう。だから負けるわけにはいかず、不毛な戦いに必死に取り組まなければならないのだ。
この他には次のような事例もある。
沖縄の演習場建設反対運動に対して、国が通行妨害を理由に損害賠償請求訴訟を起こし、運動を潰したケース。住宅地の高層マンションに反対した住民のリーダーも、マンション会社による工事妨害訴訟に疲れ切って潰されている。
さらにはリストラに反対して労組を作ったものの、その主張を名誉毀損で、さらには新東京銀行の内部告発者も守秘義務違反でやられてしまった。
スラップ訴訟は、訴訟大国のアメリカで以前から問題となっていた。そして各種の研究の結果、反スラップ法が制定されている(烏賀陽氏)。
この法律を簡単にいえばこうだ。
被告側が「この提訴はスラップだ」と主張すると、裁判所は優先してその点を審理する。 そしてそう結論づけられるとその訴訟は却下される。その場合には、提訴した側は被告の弁護士費用まで負担させられる。これでは下手にスラップを仕掛けられないわけだ。
ところがわが国ではスラップ訴訟は全く研究されていないという。したがって次回指摘する裁判所の無気力・無能ぶりもあって、嫌がらせ目的の裁判が野放しとなり、市民らの切実な主張が潰されていっているのである。(スラップ訴訟(下)につづく)