他の税と同じく、相続税も金銭で納付する必要があります。一般に相続税額は数千万円以上とかなり多額になります。いくら遺産が多くとも、これを納期限までに金銭で払えるかどうかは別問題です。この重要な問題に、しっかり目配りをする必要があります。

その意味から、何億円という資産が遺されても、それが換金に不向きな資産(自宅、貸地・貸家、自社株)ばかりであれば一大事です。仮に相続税額が3,000万円程度であっても、おいそれとこれを払うことができません。となれば、無理に貸地・貸家を叩き売るか、自宅を売るしかなくなってしまいます。
その一方で、税額が3億円であろうが30億円であろうが、遺産の中にそれ以上の額の預金があれば税の納付は何の問題もありません。むろんそれを下ろして払えばいいからです。

確かに物納という制度もあります。しかし近年この条件が大変に厳しくなったため、今日では物納はできないと考えた方がいいと思います。また延納という制度もありますが、今日のような超長期的に地価が下落する時代にあっては、長期間の延納は全くお勧めできません(ただし土地が売れるまでの半年間といった短期間の延納であれば、何の問題もありません)。

相続税の全体のしくみ(税率、評価規定)を見渡してみると、どうも遺産のすべてが金融資産で構成されていることを前提としているように思えてなりません。ところが現実の遺産の大半は、換金に不向きな不動産等になっています。したがって「納税資金の確保」は、極めて大きな問題となるわけです。

したがって、私が相続税に関しての相談等をお受けする際には、何より最初に、換金可能な資産がどれくらいあるかをみます。そしてそれが、大雑把に試算した相続税の総額を上回っているかどうかを、まずもってチェックするわけです。
さらにはそれらの換金用資産が、予想される遺産分割によって各相続人が負担すべき相続税額にうまく配分されるかどうかも考えます。これらがうまく換価・配分できてはじめて、次の段階としての節税策に入ることができるのです。

換金用資産を具体的にいえば、金融資産(死亡保険金やゴルフの会員権を含む)と更地です。金融資産はさておき、不動産は何故更地でなければならないかについて、ここで少し説明します。

一般に、かなり価値があると思われる建物であっても、不動産の流通市場ではほとんどゼロ評価となってしまい(逆に建物の取壊し代を要する)、大きなロスが生じます。ましてや(相続税対策の項で詳しく説明しているとおり)、アパートといった賃貸住宅は利回り計算をベースに流通価格がはじき出されます。したがって一般の賃貸住宅は、叩き売るようなことになってしまうケースが大半となります。結局のところ、更地が一番無難な換金用資産となるわけです。

とはいえ更地にはアパート等を建てた方が、相続税評価はかなり下がります。この節税効果はかなりのものです。さらに相応の家賃が入る上に固定資産税も安くなります。つまり更地のままに置いておくよりも、多くの面でメリットが大きいのです。
しかし繰り返しますが、アパートを建ててしまえば、ほとんどの場合にその土地等は換金ができなくなります(これらについての詳細は、相続税対策をご参照)。したがって、賃貸住宅を建てようと考える場合には、必ずそれ以外の資産で納税資金等が十分に確保されているかどうかを、しっかり検討する必要があります。これを怠っての建築は、自殺行為になりかねないと申し上げておきます。

ここでかなり昔にある人が行った、忘れることのできない失敗事例をひとつお示ししておきましょう。

田園調布といった高級住宅地に300坪以上の広い土地に住んでいた老夫婦から、相続税対策の相談がありました。資産はほぼこの土地建物だけなのですが、バブルの頃でもあり予想相続税額は2億円以上にもなりました。
そこでその人の指示により、古い家を取り壊し、敷地の真ん中にドカンと目一杯の賃貸マンションを建てたのです(老夫婦はその一部に入居)。むろん数億円の建築費は全額借り入れです。その結果相続税額は7,000万円程度までにと、大幅に引き下げることができました。そしてその人は、1億数千万円者相続税を減らすことができたことにいたくご満悦だったのです。
しかしこれを聞いた私は即座に思いました。「その7,000万円の税金はどうやって払うのだろうか?」。この結末には、空恐ろしいものが予想されます。

なお、この項では「納税資金の確保」というタイトルでお話ししました。しかし実際に確保を要する金銭は納税資金だけではありません。未亡人といった立場の人の将来の生活安定資金。さらには不動産を取得しなかった相続人のための遺産分割資金等も必要となりましょう。むろん相続関係の諸費用も必要となります。こうした金融資産等がないと、何より大切な「円満な遺産分割」ができなくなってしまいます。
納税資金に代表される金融資産の確保は、相続を考える上で極めて重要な問題である点を強調しておくこととします。